意味のイノベーションが価値を変える
公開日:2025年09月15日(月)|ブランディング
機能やコストを超えた “意味” が、企業の未来の収益性を決める
一般的に「イノベーション」というと、新しい技術や機能の開発を思い浮かべる人が多いと思います。しかし「意味のイノベーション」とは、製品やサービスの機能そのものを変えるのではなく、人々がその存在に見出す “意味” を再定義することを指します。
イタリアの経営学者ロベルト・ベルガンティが提唱した考え方で、「技術革新」と「意味革新」を区別して語ります。
例えば、スマートフォン以前の携帯電話は「通話やメールをする道具」でした。ところがアップルが生み出した iPhone は、「電話」ではなく(もちろん電話としての機能はあります)「生活の中心となるライフスタイルの道具」として再定義されました。これが意味のイノベーションです。
同様に、スターバックスはコーヒーを売るのではなく、家でも職場でもない居心地の良い第三の場所=空間を提供することで、人々から共感を受け大人気となりました。

パッケージデザインはブランドの意思を伝えるメディア
パッケージデザインの世界に置き換えると、箱は単なる「中身を守るもの」ではなく、「ブランドの意思を伝えるメディア」へと意味が変わります。
ティファニーのブルーボックスはその典型で、ジュエリーを守る容器である以上に、「特別な瞬間の象徴」としてブランド体験の核心を担っています。つまり、意味のイノベーションとは「その商品やサービスとは何者か?」という問いに答え直す営みです。これによって企業は単なる供給者から、人々の生活や感情を豊かにする存在へと進化できるのです。
意味のイノベーションが重要なのは、機能や価格での競争から脱却できる点です。機能は模倣されやすいですが、意味はブランドの物語や文化と深く結びつくため、独自性を生み出します。その結果、消費者は単にモノを買うのではなく「体験」や「価値観」を買うようになるのです。

ブランド体験の差別化は、商品そのものではなく “意味づけ” にある
意味のイノベーションの特徴
(1)価値の源泉を変える
既存の技術や機能を活かしながら、人々の感じ方・考え方を変えることで新しい市場や需要を生み出します。
- 例:アップルのiPodは技術的には目新しいものではなくても、「1,000曲をポケットに」という意味を提示したことで市場を変えました。
(2)ユーザー体験を再定義する
商品が「何のために存在するのか」「どんな生活や感情をもたらすのか」という体験の文脈を作り変えます。
- 例:ティファニーの青い箱は、単なる包装資材ではなく「贈り物の特別な瞬間を演出する意味」を持つ。
(3)競合との差別化/差異化
技術や価格での競争ではなく、「意味」で競争するため、模倣されにくくブランド資産に直結します。
技術革新との違い
- 技術革新(Technology Innovation)
新しい技術や機能の開発そのものに焦点。例:高速CPU、バッテリー長寿命化。 - 意味のイノベーション(Meaning Innovation)
技術をどう「解釈し直すか」に焦点。例:スマホを「電話」ではなく「生活の中枢メディア」と捉え直す。
ブランドやパッケージとの関係
村上紙器工業所のステートメント「意思を運ぶ箱。」に直結させると、パッケージは単なる「モノを守る容器」から「ブランドの意思を運ぶ箱」へと意味を拡張することが、まさに「意味のイノベーション」です。
- 化粧品の箱=成分を守る機能だけでなく「高級感」「自分へのご褒美」を伝える媒体。
- お菓子の箱=中身の鮮度を保つ機能だけでなく「家族や友人との共有体験」を象徴するもの。

意味の再定義の事例 10選
各々を「再定義の背景」「意味の変化」「市場やブランドへの影響」まで深掘りして解説します。
1. Apple iPhone
- 再定義の背景:携帯電話市場が機能競争に陥っていた2000年代、差別化が困難だった。
- 意味の変化:「電話」から「ポケットに入るライフプラットフォーム」へ。
- 通話機能はその一つに過ぎず、SNS、写真、音楽、決済など生活全体を担う存在に。
- 影響:携帯電話業界を一変。iPhoneは「ライフスタイルの象徴」となり、ユーザーは技術ではなく体験にお金を払うようになった。
2. スターバックス
- 再定義の背景:90年代、アメリカでコーヒーは安価で手軽に飲むものだった。
- 意味の変化:「飲料」から「体験・居場所」へ。
- 店舗デザイン、BGM、接客を通じて「サードプレイス」という概念を創出。
- 影響:コーヒー1杯に数百円以上払う文化を形成。ブランドロイヤルティの源泉となり、世界中に展開可能に。
3. ティファニーのブルーボックス
- 再定義の背景:ジュエリーは価値が石や素材に依存しがちだった。
- 意味の変化:「商品を包む箱」から「贈り物そのものの体験」へ。
- ブルーボックスをもらう瞬間が「特別な時間」を象徴するように。
- 影響:顧客は「箱を見るだけで幸せになる」と言うほど強力なブランド資産を形成。
4. ダイソン掃除機
- 再定義の背景:掃除機は価格競争に陥り、家電量販店で差別化が難しかった。
- 意味の変化:「家事を楽にする道具」から「テクノロジーで暮らしを変える象徴」へ。
- デザイン性、吸引力、サイクロン技術を強調し「見せる家電」に昇華。
- 影響:高価格帯にもかかわらず支持を得て、掃除機=ステータスという新市場を形成。
5. ポルシェ
- 再定義の背景:自動車市場は機能性や価格競争が激化。
- 意味の変化:「移動手段」から「自己実現と情熱の証」へ。
- エンジン音、デザイン、走行体験すべてが「夢を叶える瞬間」として意味づけられた。
- 影響:高価格でも熱狂的ファンを生み、消費者は「所有」そのものに価値を見出すように。
6. ポッキー(江崎グリコ)
- 再定義の背景:お菓子市場で新しい差別化が求められていた。
- 意味の変化:「一人で食べる菓子」から「人と分け合うコミュニケーション・ツール」へ。
- 細長い形状が「シェア」や「恋人と一緒に食べる」体験を自然に作り出す。
- 影響:「ポッキーの日」など文化的イベントを作り、消費者体験を拡張。
7. Apple Watch
- 再定義の背景:時計はスマホ普及で「時間確認の道具」としての役割を失いつつあった。
- 意味の変化:「時間を知る」から「健康とライフスタイルを管理するデバイス」へ。
- 心拍数、睡眠、通知、決済など、体験価値を拡大。
- 影響:ウェアラブル市場を創出し、ユーザーは時計ではなく「自己管理の延長」として身につけるように。
8. ルンバ(iRobot)
- 再定義の背景:掃除は「労働」「家事負担」の象徴だった。
- 意味の変化:「掃除機」から「自律的に働く家庭のパートナー」へ。
- 掃除=苦痛から「時間を生み出す家族的存在」へと解釈を変えた。
- 影響:掃除ロボット市場を形成し、「ルンバ」という名前がカテゴリー代名詞化。
9. フェラーリ
- 再定義の背景:スポーツカー市場は技術スペック競争が中心。
- 意味の変化:「速い車」から「人生の夢と象徴」へ。
- モータースポーツの歴史、赤いボディカラー、限定性が「特別な所有体験」を構築。
- 影響:購入者の大半が「走る」と共に「所有する」喜びを語るほどブランド体験を支配。
10. Airbnb
- 再定義の背景:宿泊は「ホテルに泊まる」ことが一般的で、均質化していた。
- 意味の変化:「旅行の宿泊」から「暮らすように旅する」へ。
- 現地の生活空間や文化を体験できることが差別化要因に。
- 影響:旅行スタイルを変革し、「ホテル=非日常」から「Airbnb=日常体験」へと新しい意味づけを確立。
まとめ
これらに共通するのは、「機能」ではなく「解釈(意味)」を変えることで市場を拡張した点です。
- 価格競争から脱却できる
- 強力なブランド資産を形成できる
- ユーザー体験が拡張される

デザインは “伝える” ではなく “感じさせる” ──意味が生む共感の力
意味の再定義 10事例(表)
No | ブランド/商品 | 従来の意味 | 再定義された意味 | ブランドへのインパクト | 村上紙器のパッケージ戦略への応用 |
1 | Apple iPhone | 電話・PDA | 生活の中枢メディア・自己表現の道具 | 携帯市場を一変、体験価値で価格支配 | 「箱=デバイスの一部」として、開封体験そのものをユーザー体験に組み込む |
2 | スターバックス | コーヒーを飲む場所 | サードプレイス=居心地のよい第三の居場所 | コーヒー1杯に数百円の付加価値、世界展開 | パッケージを「持ち歩く体験(居場所の延長)」に転換、ブランドの世界観を運ぶ |
3 | ティファニー ブルーボックス | 宝石を守る包装 | 贈り物の象徴、特別な瞬間の体現 | 箱自体がブランド資産に | 「意思を運ぶ箱」の体現。箱の色・形・質感をブランド体験の核心に据える |
4 | ダイソン掃除機 | 家事を楽にする道具 | テクノロジーで暮らしを変える象徴 | 高価格帯を確立、掃除機=ステータスに | パッケージに「技術の可視化」を盛り込み、機能より先にイノベーションを伝える |
5 | ポルシェ | 移動手段 | 自己実現と情熱の証 | 高価格でも熱狂的支持、所有価値を強化 | 「箱=所有の喜びを高める演出」。開封時に誇りや夢を喚起させる設計 |
ポイント
- 「意味の再定義」はパッケージに直結する
→ 中身を守る機能から「ブランド体験を開始する装置」へ。 - 村上紙器工業所の戦略は「意思を運ぶ箱」として、ブランドが伝えたい “物語” や “情緒” を最初に届ける存在になること。
「意味の再定義 10事例」を 経営者/デザイナー/マーケティング担当者 の3つの立場ごとに再整理します。視点を変えることで、各々がどう説得力を持たせるかが明確になります。
意味を再定義することが、顧客の購買理由を変える
意味の再定義 10事例 × 三者フレームワーク
No | 事例 | 経営者視点(ROI・投資効果) | デザイナー視点(体験設計) | マーケティング視点(差別化・市場価値) |
1 | Apple iPhone | 電話市場から「生活インフラ」市場へ拡大。単価上昇+エコシステム収益 | UI/UXで「触れるだけで直感的」に。生活全体をデザイン | 「スマホ」ではなく「ライフスタイルの象徴」としてポジショニング |
2 | スターバックス | 低価格飲料から高付加価値体験へ。客単価を数倍に | 店舗デザイン・音楽・香りで「居場所」をデザイン | 「サードプレイス」という独自概念で他チェーンと完全差別化 |
3 | ティファニー ブルーボックス | 宝石の素材価値に依存せず、箱そのものが資産化 | 青・形・質感で「開ける瞬間の特別感」を設計 | 箱を見ただけで感情を喚起、強烈なブランド記号を形成 |
4 | ダイソン掃除機 | 掃除機の価格を数倍に引き上げ、利益率改善 | 技術を「魅せるデザイン」として体現 | 「掃除=労働」から「掃除=イノベーション体験」へ転換 |
5 | ポルシェ | 自動車の価格弾力性を超え、ブランド資産が利益の源泉に | エンジンサウンドやフォルムで「情熱」を表現 | 「車」ではなく「夢の証明」というメッセージ戦略 |
6 | ポッキー | 菓子単価は低いが「文化イベント化」で市場拡張 | 細長さや折れにくさが「シェア体験」を促す | 「ポッキーの日」で社会現象化、菓子から文化財産へ |
7 | Apple Watch | 時計市場縮小を逆転し、健康市場へ拡張 | UI/UXで「健康を測る・管理する」体験を創出 | 「時間」ではなく「ライフログ」のポジション獲得 |
8 | ルンバ | 高単価でも「時短=価値」認知で購買意欲UP | 動き・形状に「愛着」を宿す設計 | 「掃除機」ではなく「家族の一員」カテゴリーを創出 |
9 | フェラーリ | 生産台数を絞り希少性を維持、超高収益 | 赤・エンブレム・歴史を統合したデザイン | 「性能」ではなく「人生の夢」を売る戦略 |
10 | Airbnb | 宿泊単価の下落を防ぎ「体験市場」に参入 | 民泊空間を「暮らすように旅する」体験へ設計 | 「ホテル」ではなく「生活文化体験」として差別化 |
三者への示唆
- 経営者向け:「パッケージ投資=利益率を押し上げるブランド資産形成」
- デザイナー向け:「パッケージ=ユーザー体験をトリガーする最初のインターフェイス」
- マーケ担当者向け:「パッケージ=差別化/差異化と市場ポジショニングを具現化する武器」
経営者には ROI(投資対効果)、デザイナーには 体験設計、マーケティング担当には 差別化/差異化戦略。という視点で考えることで、意味を再定義することが戦略的に見えてきます。
特にモノづくりは「スペック勝負」なところが大きくありますが、今後はスペック(もちろん大切です)だけではなく、モノの意味に注目してください。
パッケージは商品を包む、保護する、運ぶだけでなく、ブランドと顧客を結ぶ大切な接点(コンタクトポイント/タッチポイント)=ブランドコミュニケーションの役割があり、ブランドイメージそのものを伝えます。そして、商品/企業/ブランドの意思を運ぶ存在です。
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