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代表者 村上 誠プロフィール

村上誠

大阪市内の工業高校(電気科)を卒業後、NHK大阪放送局技術部に勤務。テレビのエンジニアとして送信技術業務、おもに近畿管内にあるテレビ放送中継所(サテライト)の運用管理。及び、放送衛星(BS地上設備)の運用管理に従事する。
退職後、保育園で保育士として働き、障害児保育などにも関わりました。

その後、カナダのバンクーバーに渡加。皿洗いやウエイター、カメラマン(日本人観光客の集合写真を撮影)などを一年半経験しました。帰国後、印刷ブローカーや技術力の高い同業者で修業。
それら家業を継ぐまでの様々な経験、いわば「寄り道」が、私自身にいろいろな価値観や視野を持たせてくれたと思います。

最近は、業界の枠にハマることなく、異業種の方々とのお付き合いを通して、今までの「貼箱(はりばこ)」とは違った「価値」を見いだし、それを伝えて行こうとしています。

特に、デザイナー、クリエーターの方々と交流し、展示会や作品制作などのコラボレーションにより、「デザイン」や「感性」を重視した「貼箱作り」を目指しています。

1990年ワーキングホリデーにてカナダ・バンクーバー在住時に、日本人観光客ツアー集合写真を撮影する仕事をしていたときに、地元新聞「The Vancouver Sun」の取材を受けたときの記事です。

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趣味・特技

一人旅

独身時代は日本全国に行きましたが、今は無理?
詳しくは、「私の思い(ひとり旅、写真、JAZZ)」の「ひとり旅と中嶋みゆき」をご覧ください。

写真

写真:愛機は、コンタックスRTS2、137MA、AFレンジファインダーG2とHasselblad 503CX、ローライ35(Tessar40mmF3.5)、そしてカールツァイス・レンズ群。
Distagon 25mmF2.8、Distagon 35mmF1.4、Planar 50mmF1.4、Makro-Planar 60mmF2.8、Planar 85mmF1.4、Makro-Planar 100mmF2.8、Planar 135mmF2、Sonnar 180mmF2.8、Tele-Tessar 300mmF4、Biogon21mmF2.8、それにヤシカの28mmF2.8、マクロの55mmです。

Hasselblad用は、Distagon CF 60mmF3.5、Planar CF 80mmF2.8、Makro-Planar CF 120mmF4。

現在は、キャノンのデジタル一眼レフ「EOS 6D」を主に使用。
元日本報道写真連盟(通称日報連:毎日新聞社のアマチュアカメラマンのための倶楽部。現在会員は全国で1万人余に達し、日本有数の写真団体として活動しています。)会員。

詳しくは、「私の思い(ひとり旅、写真、JAZZ)」の「写真とカメラ」をご覧ください。

JAZZ鑑賞

現在は、欧州ピアノトリオに夢中!澤野工房の澤野由明社長とは、親しくさせていただいています。

オーディオ

真空管アンプが欲しいです!何とも言えない暖かい音です。
と思っていたら、直熱3極管「2A3」を使ったシングル無帰還アンプ(サン・オーディオ「SV-2A3」)をキットで購入。久しぶりに、ハンダゴテを持って作りました。
SPは、DIATONE DS-A7を愛聴。

酒量

一日缶ビール(350ml)1本、あとはウイスキーをロックで!
BARでは、ニッカ余市、スコッチ・シングルモルト(アイラかスペイサイド)を最初はストレート。少し加水することで、モルトの香りがひらいてくるのがたまらないですね・・・。

自由なひと時

近所のBARのカウンターで過ごす、時間を大切にしたいです。
あとは、自宅の真空管アンプで聴くJAZZのレコードや古今亭志ん朝の落語を聴きながら・・・・・。

私の思い

ひとり旅、写真、JAZZについての「思い」を綴ってみました。

貼箱士村上誠のブログ

略歴

1963年

大阪市阿倍野区に生まれる。

1978年

工場・自宅共に、現在の大阪市西成区に移転する。

1979年

大阪府立今宮工業高校電気科入学。

1982年

同校卒業。NHK大阪放送局技術部入局。
送信技術業務、おもに近畿管内にあるテレビ放送中継所の運用管理。
放送衛星(地上設備)の運用管理に従事する。

1985年

NHK退職。
白鳩保育園(東大阪市)に保父(現在は、男女共に保育士と呼ばれています)として、保育(障害児保育も含む)に携わる。

1988年

カナダ・バンクーバーに渡加。
レストランの皿洗い、ウエイター、カメラマン(日本人観光客の集合写真を撮影)を経験。その間、カナダ人ファミリー宅へのホームステイ(今でも家族ぐるみのお付き合いです)、中国系カナダ人とアパートメントをシェアするなど、西洋文化にふれる。バンクーバー在住は、約1年半。しかし、英語はまったく上達せず。常にボディーランゲージ(?)で会話する。
当時の友人たちとは、いまだに交流があり、カナダでの生活は一生の思い出となっています。

1990年

帰国後、印刷ブローカーや同業の北川紙器工業株式会社にて修業。貼函製造の現場を経験する。

1991年

結婚。現在は、妻1人、男児1人、女児1人の4人家族。

1993年

家業の村上紙器工業所に入り、現在に至る。

2000年

ミレニアム<貼函>フェア(東京都中野区)に、自社製品を初出展。
デザイナーや企業の企画担当者に直接話を伺う。普段、そういう機会がないので貴重な時間となりました。

2005年

父親から家業を引継ぎ、村上紙器工業所の代表者になる。

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